勝つために「パターン化」しない思考


ここ1年半くらいずっと麻雀をしてきた。


まさか、ここまで夢中になると思わなかったし今でもたまに不思議に思う。


麻雀はe sportの普及や五輪競技としての申請、Abema TV で初のチーム対抗リーグであるMリーグが発足するなど、これから少しずつ麻雀が「ギャンブル」から「知的ゲーム」として認識が変わっていくことだろう。


そして、ぼくはこの「知的ゲーム」としての要素に夢中になったんだと思う。



(初心者はこの先はどうせ読んでもわからないだろうから)細かいルールの解説は省くが、このゲームは萬子(マンズ)、索子(ソーズ)、筒子(ピンズ)のそれぞれ1〜9までが4枚ずつ、東西南北白発中がそれぞれ4枚ずつの計136枚の中からプレーヤーに13枚ずつ牌が配られ、手番ごとに1牌持ってきては捨てる。そして、持ってきた14枚目、もしくは他プレーヤーから捨てられた牌で、自分の手牌の4面子1雀頭が完成すればアガリとなり自分の点数が増えていくゲームである。


そして、各者親番を2回やり終えた時点で点数を最も持っていたプレーヤーの勝ち。


なら、麻雀はどうやったら勝てる?

と聞かれれば「沢山アガる」になると思う。


だから今回は麻雀でアガリを目指す思考の話。



最初に言っておくが、麻雀は最終的には運ゲーである。


どんなに知識があっても技術があっても運がいい相手には勝てない。


これだけ聞くとやっぱギャンブルじゃん!と言われそうだが、あくまで最終的にというだけで「アガるための最後の牌を捉えられるか」以外の待ち取りや打点などは選択することができる。


つまり、このゲームは「如何に最終的な抽選(運の部分)でより良い抽選を受けるか」を考えて進めるゲームである。


リーチをかけて結果ツモれなかったり放銃に回ったりしても、100回同じ状況で同じ手が来たら100回リーチをかけるのであれば、たまたま今回は抽選に落ちてしまっただけで間違っていない。


しかし、麻雀には似た状況は多くあるが、全く同じ状況というのはほとんど無い。


毎局点数は変わる。

毎局ランダムに配られる13枚、毎順ランダムに持ってくる1枚、そこから捨てられる1枚が全て一緒である確率はどのくらいだろうか。



つまり、ここで言いたいのは「先制だからリーチ」「この手はリーチ」のようにパターン化しないでちゃんと考えるべきだということ。


抽選を受ける待ちはこれでいいのか?

周りの動向は?

このゲームの点数状況は?


プロ相手でもない限り、統計的な要素は通用しない。

総合的に考えた上での結論を盤上にぶつけるのがこのゲームの難しさであり面白さであるとぼくは思う。



そして、パターン化しない思考がもっと大切になるのは手組み。


ぼくの場合は基本的にある程度膨らませて満足する形に育ったら、順目と危険度に合わせて少しスリムに構える。


これはあくまでぼくの手筋/打ち筋であって、シャンポンの受け入れはロスしたとしても安全に押し返せるようにするため、リーチ宣言牌で待ちが透けないようにするための2つの理由があってこの手組みをしている。


これはぼくの中では「攻撃的」な手組みで、最終的に自分が上がることを目的にしているからこそこの手組みに落ち着いた。


ただ、パターンとしてこの手組みをするとテンパイが遅いだけのヘタクソになってしまう。


ほんとにこれで形を決めていいのか。

字牌をいつ打とうか。

下家に絞る?

シャンポン受け残す?

そろそろ安全牌残す?

そろそろ鳴く?


など、手牌と周りを見ながらしっかり考えることが大切で、それをしないと勝てないままパターン化した麻雀が身についてしまう。


ぼくも1年半打ってやっとゲームスピードに思考が追いつくようになり、自分でも雀力が上がってきたところだと実感している。


はじめの頃は純粋にアガリを目指して突き進めばいい。


ただ、壁を感じたらもう一度最初から全てを考えるようにしてみたらどうだろうか。


相手の待ちがわからないのは仕方ない。見えないんだから。

アガれるかわからないのは仕方ない。あとは抽選を待つだけだから。


ただ、手組みで上手くいかないときやなんとなくしたリーチでアガれないのを仕方ないで済まさず考えて欲しい。


今「わからない」のは考える必要の無い簡単な手でしかアガれていないのではないか?

考えてわからないのは「なにが」わからないのか。


結果は間違っていてもいい。


パターン化せず考える思考力を養うことこそ、麻雀で勝つための近道だとぼくは思う。